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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ワ)1137号 判決 1972年8月28日

原告

原口始

原口キミエ

右両名訴訟代理人

清原雅彦

右同

小川章

被告

九州自転車競技会

右代表者

森徹夫

右訴訟代理人

砂田司

右同

辻正喜

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者が求める裁判

一、原告ら

「被告は原告らに対し各金二六九万五、〇四四円およびこれに対する昭和四五年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、原告らの請求原因

一、(一) 被告は、昭和四三年八月初旬頃、北九州市小倉区三萩町三丁目一番三号小倉競輪場内に建設された鉄筋コンクリート三階建の「三萩野会館(以下本件建物という)」を事務所兼選手宿舎として占有使用していたものであり、原告ら夫婦は、被告に雇われ、右建物の一階の管理人室及び同小浴室(以下本件浴室という)」を被告から貸与されて、管理人室に居住し、右建物の火気、盗難等の監視、電話受付、来訪者受付及び宿泊選手の世話等をしていたものである。

(二) 訴外亡原口順次は原告らの長男であつたが、昭和四五年一月一八日午後四時三〇分頃、本件浴室で入浴中、一酸化炭素中毒により死亡した。

(三) ところで、本件浴室は、焚口が浴室内に設置されたいわゆる内焚式のガス風呂であつて、燃焼後の廃気ガスを直接室外に排出する煙突が設けられているものの何かの原因でこれが詰まると、室内の酸素不足により、不完全燃焼による一酸化炭素が多量に発生し、一酸化炭素中毒を起す危険がある。従つて本件浴室には、十分な吸、排気孔を設置する必要があるのに、これが全く設置されておらずその上当時右煙突には、雀が巣を作つていたために浴室内の排気が十分になされず、本件事故が発生したものであつて、本件事故は、土地の工作物である本件浴室の設置及び保存の瑕疵によつて生じたものである。

従つて被告は、工作物の占有者として右事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

二、仮りに然らずとするも、本件事故は、被告が原告らに対し前記の如き瑕疵ある浴室を貸与したために発生したものであるから被告は、不完全履行として、右事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告らは、右事故により次のような損害を蒙つた。

(一)  逸失利益

(1) 亡順次は、本件事故当時陸上自衛隊に勤務し、陸士長として月額金二万五、三〇〇円の給料を受けていたが、右収入の内一ケ月金一万五、三〇〇円を生活費として支出していたから、同人は月額金一万円の純利益をあげていたことになる。そして同人は、当時満二〇才二ケ月余の健康な男子であつたから、厚生省発表の第一一回生命表によれば平均余命は四九、〇八年であり、本件事故がなかつたならば少なくとも満五五才まであと三五年間就労が可能であり、この間引続き右程度の収益をあげえたものであるから、同人はその死亡により三五年分の純利益合計金四二〇万円の得べかりし利益を失つたことになるが、これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して一時払額を求めると、その額は金二三九万八八円となる。

(2) よつて順次は本件事故により右金二三九万八八円の損害を蒙り、被告に対し同額の損害賠償権を有するところ、同人の死亡によりその父母である原告らが相続人として順次の地位を承継し、各自二分の一の法定相続分に従い、原告らはそれぞれ金一一九万五、〇四四円の損害賠償請求権を取得した。

(二)  慰謝料

原告らの長男であつた順次を不慮の事故によつて失つた精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら各自金一五〇万円が相当である。

四、よつて原告らは被告に対し各自金二六九万五、〇四四円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四五年一二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求の原因に対する被告の認否

第一項(一)(二)の事実は(二)中死因が一酸化炭素中毒であることは否認するが、その余は認める。被告の本件浴室に対する占有はいわゆる間接占有である。

同(三)中本件浴室が内焚式のガス風呂であることは認めるが。その余の事実は否認する。

本件建物は北九州市建築事務局が設計し、建築工事は株式会社小林組が請負い、瓦斯工事は西部瓦斯が施工したものであり、法令の定める手続に従い、所定の検査を経て建築されたものであつて、本件浴室には十分な窓が設けられ、且つ浴室扉下には換気扉が設けられており原告ら主張のような瑕疵はない。

第二、第三項の事実は否認する。

第四、被告の主張及びこれに対する原告らの答弁

一、被告

仮に本件浴室に原告ら主張のような瑕疵があるとしても、原告らは自ら本件浴室を直接占有するものとして損害賠償責任を負担するから、瑕疵による損害賠償請求権は混同により消滅したといわなければならず、従つてまた間接占有者の被告に対し瑕疵による損害の賠償を請求することはできないが、然らずとしても損害賠償額の算出については順次及び原告らに左の過失が存するから之を斟酌すべきである。即ち順次は入浴に当り本件浴室の窓等を適宜開放して浴室内の換気に留意すべき注意義務があるのに、これを怠り、また原告らは管理人としてその職務上本件浴室の煙突に雀の巣が作られようとしているときは、早期に発見してこれを除去するなど本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つたものであるから、右の過失は損害賠償の額を定めるにつき当然斟酌されなければならない。

二、原告ら

否認する。

第五、証拠<略>

理由

一、まず本位的請求の当否について判断する。

原告ら主張の請求原因第一項(一)の事実は、当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を総合すれば、北九州市及び日本自転車振興会は、昭和四三年七月一日ごろ、北九州市小倉区三萩町三丁目一番三号小倉競輪場内に本件建物を建設し、一階は北九州市、三階は日本自転車振興会が所有し、二階は右両名が共有しているところ、被告は、そのころ両名から本件建物を賃借し、事務所兼選手宿舎としてこれを使用していたものであること、原告始は、被告に雇われ、昭和四三年七月二三日ごろから本件建物の管理人として北九州支部に配属され、被告ら一階の管理人室及び本件浴室を無償で貸与されて右管理人室に居住し、電話受付、来訪者の応対、書翰、文書の接受、門の開閉、浴室の管理並びに本件建物の火災、盗難の予防に留意し、非常の際は応急処置を講ずること、その他管理に必要と認めることを処理する業務に従事していたこと、訴外山一工業株式会社は、本件建物の空気調整及び冷、暖房装置を管理し、保安協会は、本件建物の電気設備を管理していたこと、原告キミエは、原告始の妻として、同原告の管理業務一切を事実上補助する傍ら、自転車競技開催中だけ被告に雇われ、臨時執務員として稼働していたものであること、本件建物には、一階に管理人専用の本件浴室、二階に選手専用の大浴室があるが、実際には原告ら夫婦だけでなく、被告の職員も本件浴室で入浴し、また選手専用の浴室で原告ら夫婦も入浴することがあつたこと、原告ら夫婦は、週に一、二回本件浴室で入浴し、そのほかは大浴室で入浴していたこと、しかして原告らの長男亡原己順次は、昭和四五年一月一八日午後四時三〇分ごろ、本件浴室で入浴中死亡したこと(この点は当事者間に争いがない)が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告始は、本件浴室の借主兼管理人、原告キミエはその補助者として、本件浴室を直接占有するものであり、被告はいわゆる間接占有者にすぎないといわなければならないところ、民法七一七条の土地の工作物につき、直接占有者と間接占有者がある場合においては、同条の第一次的責任は直接占有者が之を負担し、間接占有者は直接占有者の第一次的責任がないときに限り第二次的に責任を負担するにすぎないのであつて、直接占有者がその責任を免れるためには同条第一項但書所定の占有者の注意義務と同一内容の注意義務を尽したことを要すると解すべきであるから、直接占有者である原告らにおいてその責任を免れるべき事由につきなんらの主張立証がない本件にあつては、同条の責任はまず原告ら夫婦自ら之を負担すべきであり、果して然らば、順次の損害については相続開始と同時に、原告ら固有の損害については損害発生と同時に、いわゆる混同により、原告らの損害賠償請求権は消滅に帰したというべきである。

してみれば原告らの同条に基づく本位的請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

二、次に予備的請求について判断する。

仮に本件事故が、原告ら主張どおり、本件浴室に構造上の欠陥が存し又は煙突に雀の巣がつまり、排気の通路をふさいだために不完全燃焼による一酸化炭素が多量に発生して浴室内に充満し、その結果発生したとしても、前段認定の事実に徴すれば、原告らは、本件浴室の借主兼管理人として、本件浴室を直接占有する者であり、構造上の欠陥又は排気通路の妨害物を早期に発見し、速やかに修理上申ないし除去すべき権利義務を有するのに対し被告としては原告らの右管理義務の懈怠により本件事故発生まで本件浴室の状況を知る由もなかつたことが窺えるのであつて、そうとすると原告らの主張する不完全履行が、被告の責に帰すべき事由によるものということができないから、原告らの予備的請求はその余の点について判断するまでもなく、これまた失当であるといわなければならない。

三、よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(鍋山健 内園盛久 須山幸夫)

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